毛呂山の昔話
毛呂山町民俗調査
毛呂山町では、平成元年より町内の古老の方々より様々な分野の経験談、昔話や伝承といった話をうかがい記録する民俗調査を行ってきました。その成果は『毛呂山民俗誌』1~5巻、『毛呂山に生きる』に掲載しています。その中から毛呂山の昔話をピックアップしてご紹介します。
毛呂山の昔話~水辺の妖怪~
毛呂山にも河童(かっぱ)や狐(きつね)などにまつわる昔話は多く残っています。
物語というほど長い話ではありませんが、悪戯をする子供たちを震え上がらせたり、喜ばせる力は十分にもっていました。
毛呂山では川やちょっとした池などで遊ぶ機会が多かったため、こんな水辺の妖怪話が語られてきました…。
河童(かっぱ)の話
その1
昔、子供の頃、母から聞いた話だが、河童は川にいて尻の穴から人間のはらわたを食べるという。
昔は朝早く川辺へ草刈りに行くと河童が出てくるのでおじいさんはいつも褌(ふんどし)の中へ小石を入れて尻の穴を塞(ふさ)ぐようにしていた。
すると河童が「おじいの尻は固いな」と言って去ってしまったという。(沢田地区の方の話)
その2
河童にはそれぞれ親分がいて、近くでは伊草(いぐさ、現川島町)の「袈裟坊」などがおり、配下の河童は毎年お中元などに人間のはらわたを届ける義務を負わされていたという。
村々では誰それが河童が陸に上がって甲羅(こうら)干しをしているのを見たなどとまことしやかに伝えられ、子供は決して一人で川遊びをしてはならないと聞かされていた。(岩井地区の方の話)
小豆(あずき)洗い
その1
明治30年頃のある人の話。父に「お遣いに行って来い」と言われ、今宿(いまじゅく、現鳩山町)の小松屋に酒を買いに行った帰り、橋場のそばの小川にさしかかると小豆を洗う音がした。怖くて逃げ帰ったという。(苦林地区の方の話)
その2
小豆洗いの話は明治・大正生まれの人はみな聞かされている。
家の裏に毛呂本郷から沢田へ流れる沢堀という小川がある。
戦前までは水もきれいでミヤコタナゴなどよく捕れたが、夕方からは橋の下に小豆洗いが出てひどい目にあうから行ってはいけないという習わしが古くからあった。(岩井地区の方の話)
(『毛呂山民俗誌1』より)
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更新日:2021年12月23日