鎌倉街道と中世苦林宿

更新日:2026年03月15日

鎌倉街道と宿

 鎌倉街道沿いには、河川の渡河地点など要所に「宿」が存在していたことが、確認されています。永徳2年(1382)の熊野那智大社文書に、「苦林宿」と記されており、「苦林宿」こそ毛呂山町の鎌倉街道越辺川渡河地点に広がる堂山下遺跡であると考えられています。

苦林宿

 堂山下遺跡は、鎌倉時代から室町時代を中心とした集落遺跡です。溝で区画された屋敷地や井戸の跡などが多数発見されました。
 発掘調査によって、土釜や内耳鍋などの在地産の器に加え、外国から伝来した陶磁器、東海地方で焼かれた常滑産の大甕なども出土しており、鎌倉街道が物流の幹線道路であり、渡河地点の宿場が物資の集積地になっていたことがわかります。
 堂山下遺跡と苦林宿のように、考古学の成果と文献資料の調査成果から、地域史が解き明かされる例は全国的にも珍しく、崇徳寺跡や大類館氏館跡等の周辺の中世遺跡群と合わせて、歴史的景観を復元できる空間として注目されています。

土の上に白線で直線や丸い形などが引かれ、堂山下遺跡遺構の分布のようすが示されている写真

 堂山下遺跡遺構の分布のようす

穴の奥から周りを囲むように石が沢山積み上げられている石組みの井戸跡の写真

石組みの井戸跡

堂山下遺跡で見つかったさまざまな遺構

堂山下遺跡内を通る鎌倉街道

苦林宿跡(堂山下遺跡)内を通る鎌倉街道上道

鎌倉街道の道端から見つかった石組井戸跡

鎌倉街道の道端で見つかった石組みの井戸跡

道端の石組井戸跡

道端の石組みの井戸跡

木枠が設置された井戸跡

木枠が据えられた井戸跡

常滑焼きの大瓶が出土した竪穴建物跡

常滑焼の大甕が出土した竪穴建物跡

出土した常滑焼きの大瓶

大甕出土のようす

連なるよう土坑墓群

まとまって発見された土坑墓の跡

荼毘跡

荼毘跡(だびあと)

堂山下遺跡出土の遺物

常滑焼きの大瓶

常滑焼の大甕

石の錘(おもり)

秤(はかり)に用いる石の錘(おもり)

滑石製石鍋

滑石製石鍋

土鍋と内耳鍋

土鍋と内耳鍋

舶来品の青磁・白磁

舶来品の青磁・白磁

瀬戸焼の天目茶碗

瀬戸焼の天目茶碗

瀬戸焼の香炉と小皿

瀬戸焼の香炉と小皿

瀬戸焼きのすり鉢と卸皿(おろしざら)

瀬戸焼のすり鉢と卸皿(おろしざら)

この記事に関するお問い合わせ先

歴史民俗資料館

〒350-0432
埼玉県入間郡毛呂山町大字大類535番地1

電話番号:049-295-8282
ファクス番号:049-295-8297

お問い合わせはこちら

みなさまのご意見をお聞かせください
このページの内容は分かりやすかったですか
このページは見つけやすかったですか