中世の歴史と文化を巡る~流鏑馬・鎌倉街道と苦林野~

流鏑馬のみどころ~朝的・夕的~

 出雲伊波比神社の流鏑馬は、毎年11月3日と3月第2日曜日の年2回行われています。これは、江戸時代後期まで、現在の本殿が飛来大明神と呼ばれ、本殿と並んで建つ旧八幡社は8月に、飛来大明神は9月に、それぞれ流鏑馬が行われていたことに由来しています。春秋ともに、神社にある専用の馬場で行われる日本でも数少ない流鏑馬です。

 秋の流鏑馬は、本祭り当日に3頭の馬によって奉納される朝的(あさまとう)と夕的(ゆうまとう)が行事の中心ともいえます。リーダーである一の馬が白で源氏を表し、二の馬は紫で藤原氏を、三の馬は赤で平氏を表しているといわれています。 

 

朝的のみどころ 

あさまとう

  朝的は、11月3日午前9時より行われる流鏑馬のことです。神主が馬場と的を清めると、乗り子は陣笠、陣羽織姿で馬場を一往復します。これを陣道(じんみち)といいます。

 陣道を終えると、乗り子は陣笠、陣羽織を脱いで烏帽子をかぶり、一の馬から三の馬まで、順に1回ずつ騎射をします。騎射に続いてムチを持った騎乗が2度行われます。朝的が終了すると、馬場では的板が並べられ、夕的の準備が始まります。 

乗り子の衣装

 朝的では、乗り子は陣笠、陣羽織姿で登場します。3人の乗り子の陣羽織の背には、それぞれ「一」「二」「三」の文字が記され、陣笠は、一の馬の乗り子が白、二が紫、三が赤に塗られています。    

 陣笠、陣羽織姿の乗り子は、武士のように凜としています。乗り子が陣道を行う間、場内は厳かな雰囲気に包まれます。 

 

朝的の的と矢

 朝的に用いられる的は、板で作られた夕的の的と異なり、藁(わら)でできています。的は藁細工の製作技術を持つ人によって作られています。朝的の矢は、藁の的に刺さるよう先端がとがっています。かつては、朝的で射られた矢を拾って蚕室に置くと蚕が当たるといわれました。  

 

朝的に用いられる藁製の的

  朝的の矢(上)と夕的の矢(下)

朝的の的 朝的の矢と夕的の矢

 

 朝的が終わると、「野陣(のじん)の儀」が行われます。馬場の南端に、合戦の陣に見立てて陣幕が張られ、乗り子は冷酒と柿の接待を受けます。野陣の後、乗り子は本陣である毛呂本郷の的宿に戻り、午後の夕的に備えます。

 

夕的のみどころ 

 11月3日午後に行われる流鏑馬を夕的といいます。乗り子は正装姿で的宿より出陣し、神社下に到着すると、馬の爪を切るしぐさをする爪きりという儀式が行われます。乗り子は騎乗したまま神社のある臥龍山を上り、鳥居から馬場に入ります。

 馬場では、一の馬のみが一本の矢に願いを込めて騎射を行う願的(がんまとう)に続いて、陣道、矢的が行われ、センス、ノロシなどの馬上芸が披露されます。

 
出陣

 的宿で「追酒盛(おいさかもり)」という儀式を終えると、いよいよ出陣です。一行は、毛呂本郷の榎堂を廻り、神社へ向かいます。榎堂は、かつてこの地を治めていた毛呂氏が最初に居を構えた場所とも、毛呂氏の墓所があった場所ともいわれています。一行が的宿を出発すると、直ちに、出陣の餅が撒かれます。

 流鏑馬行事の中でも、出陣は、特に賑やかな場面です。乗り子は正装姿になり、花笠をかぶり、背中には円く膨らんだ母衣(ほろ)をつけます。母衣は、背後から飛んで来る敵の矢を防ぐためのものといわれています。

 

出陣

出陣の餅投げ
出陣 餅撒き

 

あげ馬(馬見せ)

 口取り衆の「ホイホイ」というかけ声がしだいに大きくなり、正装姿の乗り子を乗せた祭馬一行が登場します。一行は神社下に集合し、爪きりの儀式を行うと、臥龍山を上り馬場に入ります。一の馬を先頭に、祭馬が馬場を行くあげ馬は、大きな見どころです。 

 口取り以外にも、祭馬のうしろには多くの人たちが軍勢として付き従っています。この人たちは、各祭馬区を中心とした祭礼区の人たちです。地域の人たちのつながりを感じさせる祭りの一場面です。

  

 

馬見せ
 祭礼区の人たちが手に持っている、房のついたはたきのような棒は、「ブチ棒」「ホイホイ棒」などと呼ばれ、篠竹で作られています。これは、戦での軍勢や茅を表したものとも言われ、かつては養蚕のお守りとされました。 

 

願的(がんまとう)

 リーダーである一の馬だけが、一の的に一度だけ矢を放ちます。願的は、地域の人たちの願いを神に伝える神聖な儀式です。場内は一瞬の静寂に包まれ、観衆の視線が一の的に注がれます。乗り子は、注連縄(しめなわ)を張った榊まで2往復し、3度目に的に向かって矢を放ちます。先端に神頭(じんどう)がついた特殊な矢が見事に的に命中すると、場内から盛大な拍手が沸き起こります。

 

願的

神頭

願的 神頭

  

 願的が終わると、乗り子は華やかな正装姿から一変、陣笠、陣羽織姿で陣道を行います。続いて陣笠、陣羽織を脱いで烏帽子をかぶり、一の馬から順に、矢的(やまとう)を3回行います。乗り子の衣装が変わるところも、流鏑馬の見どころの一つです。

 夕的では、矢的のほか、センス、ノロシ、ミカン、ムチの順に馬上芸が続きます。  

 

やまとう矢的
のろしセンス
ノロシノロシ
むちムチ

  

 矢的では、矢が的板に命中すると、場内に乾いた音が響きます。疾走する馬上で矢をつがえ、騎射に果敢に挑む少年の姿はとても凛々しく、射手を子どもが務める出雲伊波比神社の流鏑馬ならではの見どころです。

 

 馬上からミカンや餅のおひねりが撒かれると、地域の子どもたちが馬場に入り、競い合うように夢中で拾います。流鏑馬は、子どもから大人まで、地域に根ざした伝統行事として親しまれています。

 

 春の流鏑馬の見どころ

 毎年3月の第2日曜日に行われる春の流鏑馬は、毛呂の流鏑馬の起源でもあり、八幡社の流鏑馬を引き継いでいます。春の流鏑馬の乗り子は、7歳未満の男児がつとめます。「7つうちは神の子」といわれるように、幼児は神様により近い存在と考えられてきたためです。春の流鏑馬は、賑やかな秋の流鏑馬とは対照的で、「ホイホイ」という掛け声はありません。

 神社で爪きりの儀式を行い、鳥居前で神官のお払いを受けると、乗り子は馬場に入り、願的のみを行います。

 願的の的と矢は、前年の秋の流鏑馬に使用したものが用いられます。ブチ棒、ムチ、花笠、爪きりは、祭りのたびに新しく作られています。

 

 爪きり

春の流鏑馬の願的

爪きりの儀 がんまとう
 

 春の流鏑馬では、乗り子の頭上に、オカイドリと呼ばれる小袖が掲げられます。母親の象徴とされるオカイドリに見守られている乗り子の姿は、まさに神の憑依で、大役を果たして馬から下りて安堵する幼い乗り子の姿に、場内は和やかな雰囲気に包まれます。


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