加藤清正 (1562年から1611年)

安土・桃山時代の武将で、豊臣秀吉に仕え朝鮮出兵のとき活躍した人物。幼少の頃から秀吉に仕え、秀吉に可愛がられた。賤ヶ岳の戦いでは、敵将の山路正国を討ち取り手柄をたて、賤ヶ岳の七本槍の一人として称され、後に熊本城の城主となった。秀吉の死後も豊臣家のためにつくしたが、武断派 (戦場で立ち働くのが主な仕事であった人たち) の清正は、文治派 (民政の政策を立てる仕事を行った人たち) の石田三成らとは性格が合わず、関が原の戦いには参加しなかった。熊本城・名古屋城は清正によって建てられた。

<練習問題>です。目を閉じて下さい。 問題を読み上げ、続いて、1. 2. 3と数えたあとに、答えを読み上げます。一緒にお答え下さい。 

第一問 加藤清正は、どこの城主でしたか?
 1. 2. 3 熊本城
 
第二問 加藤清正は、活躍した戦いは何といいますか?
 1. 2. 3 賤ヶ岳の戦い
 
第三問 加藤清正が、参加しなかった戦いは何といいすか?
 1. 2. 3 関が原の戦い
 
ありがとうございました。



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