野口英世 (1876年から1928年)

福島県出身、明治・大正時代の細菌学者。へびの毒や黄熱病を研究した世界的学者。小さいころの名は清作。
1歳半のとき大やけどをし、5本の指がくっついてしまったが、のちに渡部医師の手術を受け、物がもてるようにまで回復した。この手術がきっかけで、英世は医学への道を志したという。1896年に上京し、医師の試験に合格したのち伝染病研究所に入り、名も英世と改め北里柴三郎に学んだ。1900年、アメリカ合衆国へわたり、へびの毒の研究を与えられ、その研究成果の論文でアメリカ合衆国の医学界に名前が知れわたった。1928年、アフリカで黄熱病の研究中、英世自身が黄熱病にかかり死亡した。 

<練習問題>です。目を閉じて下さい。
問題を読み上げ、続いて、1. 2. 3と数えたあとに、答えを読み上げます。一緒にお答え下さい。  

第一問 野口英世の小さいころの名を、何といいますか? 
 1. 2. 3. 野口清作 

第二問 アメリカ合衆国の医学会で評価を受けたのは、何の研究ですか? 
 1. 2. 3. へびの毒 

第三問 野口英世が研究し、また自身の死亡の原因となった病気は何といいますか? 
 1. 2. 3. 黄熱病 

ありがとうございました。
 




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