戦時体制の強化

日中戦争が拡大していくと、政府は戦争の長期化に備え、国民や物資のすべてを議会の承認なく、戦争目的のために動員できるとした国家総動員法を1938年 (昭和13年)に制定した。1940年 (昭和15年)には国をあげて戦争をするために、政党や政治団体を解散して大政翼賛会がつくられ、町内会や隣組が下部組織に組みこまれた。これにより戦争に反対する思想や発言も厳しく取りしまられたほか、新聞やラジオも統制され自由に放送することができなくなり、国民は正しい情報を得ることができなくなっていった。また、物資が不足したため、米や衣服は配給制となり、「ぜいたくは敵だ」、「ほしがりません。勝つまでは」などのスローガンにより国民は不自由な暮らしを強いられた。

<練習問題>です。目を閉じて下さい。 
問題を読み上げ、続いて、1. 2. 3と数えたあとに、答えを読み上げます。一緒にお答え下さい。 

第一問 政府は戦争の長期化に備え、国民や物資のすべてを議会の承認なく、戦争目的のために動員できるとした法律を1938年に制定しました。何といいますか? 
 1. 2. 3. 国家総動員法 

第二問 1940年には国をあげて戦争をするために、政党や政治団体を解散してつくられた団体を、何といいますか? 
 1. 2. 3. 大政翼賛会 

第三問 戦争が長引くにつれ物資が不足しました。米や衣服はどういう制度になりましたか? 
 1. 2. 3. 配給制 

ありがとうございました。




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