転換の時代

満州事変をきっかけに、愛国主義が人々のあいだに大きく広がった。そのことは、あらゆる分野に大きな衝撃をあたえた。社会主義政党の分野でも国家社会主義への転向が進んだ。思想・言論に対する取りしまりも強化され、自由な主義や民主主義的な思想への弾圧も起こった。1935年 (昭和10年)、貴族院での一議員の演説で、美濃部達吉の天皇機関説が反国体的であるとして非難されたのをきっかけとして、これが大きな政治問題となった。
美濃部の憲法学説は、国家を法人と考え、統治権は国家にあって、天皇はその国家の最高機関であると説明するものであった。これは、憲法に定める範囲で天皇は力を持つという立憲君主の考え方で、国家意思の最高決定権の意味での主権は天皇にあると考えられていた。天皇自身も当然に考えていたとされる。
しかし、軍、右翼は天皇機関説を否定し、天皇が天皇自身のために統治する(専制君主)とし、内閣もこの考えであるとした。天皇機関説の問題は、議会の統制を受けない軍部が天皇の名のもとにさらに暴走する要因となった。また、自由主義的な思想も反国体的とされることとなった一方、軍の革新派が考える国内改革に期待し、それを推進しようとする言論がジャーナリズムのうえでも支配的になっていった。

<練習問題>です。目を閉じて下さい。 
問題を読み上げ、続いて、1. 2. 3と数えたあとに、答えを読み上げます。一緒にお答え下さい。 

第一問 満州事変をきっかけに人々のあいだで何が広がりましたか? 
 1. 2. 3. 愛国主義 

第二問 天皇機関説を唱えた人は誰ですか? 
 1. 2. 3. 美濃部達吉 

第三問 軍・右翼が天皇機関説を否定し、内閣も認めることとなりました。これにより軍部はどうなりましたか? 
 1. 2. 3. 天皇の名の下に暴走した 

第四問 人々の思想や言論の自由は、どうなっていきましたか? 
 1. 2. 3. 思想や言論のとりしまりが強化された。 

ありがとうございました。




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